2008年8月15日

家を出る

 大先生が辞め、店長が辞めてすぐ、

 実はそのお店には駅近くに寮がありました。


 寮といっても古いマンションの1つで各部屋をそれぞれ個人の

 部屋として使い、台所、お風呂などは共同という感じでした。

 そこに女の先輩一人になってしまうから、誰か入らないかと話が来た。


 その頃の私は地元の友人達との付き合いなどで帰る時間が遅くなる事が増え、
 その度に父や兄に文句を言われながら迎えにきてもらう感じであった。


 藤沢市内でも電車、バスで家に着くまで45分前後。
 毎朝、毎晩、バス停まで走り、駅で人の渦にもまれる時間が私にとって
 非常に苦痛な時間でもあった。
 かなりのストレス。。

 そして、わずかに家でくつろぐ時間も、両親や兄の干渉で
 自分の心地よい時間などなかったのです。


 だから、すぐ決めた。


 「家を出て、寮に入ろうかと思うんだけど、いい?」


 「親の迷惑をかけないなら、好きなようにしなさい。」


 あっさりOK。


 「あなたがいなくなると静かになっていいわ。」


 母な昔から、

 「ウチは放任主義だから。子供の好きなように、やりたい事、
  行きたい所にかかるお金だけは用意してあげことだけが親の役目。」と。


 ありがたいなと思いました。



 高校を選ぶ時も、友人はお母さんの命令で私立の女子高へ行かなきゃいけないと
 悩んでたりしていた。私は無難な県立を選び単願受験しました。

 進路も美容師の専門に行くと決めた時も何も言わず、「いくら必要なの?」とだけ
 聞かれただけでした。


 好きなようにしなさいと言われると、逆に信用してもらってる分、
 しっかりしなきゃ、という意識が芽生えるものです。


 掃除、洗濯、料理をして、寮費も払う。

 けれども、通勤徒歩7分、自分だけの心地よい時間を手にいれました。



 家を出てすぐに思う。


 近くにいるとわからない親のありがたみ。

 汚れた洋服が当たり前のようにきれいになってたたまれていたり、

 毎日温かいご飯とお風呂が用意されている。

 そして、「おかえり」「いってらっしゃい」と声をかけられる優しい思いも、

 ひとりにならなければ分からなかった。。


 私が家が出たのは21歳の時。


 周りでは早い方だったかもしれない。


 一人暮らしをしたいと相談されたりもした。

 その度に私は言う。

 親と仲が良くないなら出てみた方がいいよ、と。

 結婚前に家事も習慣になれば苦痛にも思わなくなるし、

 ひとりだけの時間は味わい楽しむのはこの時しかない。



 でも・・・、しばらく月日が経った後に思いました。

 両親と一緒にいながら、ありがたみを感じ、気付いていたならば、

 もう少し親との時間が欲しかったなと。

 自分が大人になれば、親だって一人の人間として、

 いい関係でいられるようになる。


 いつかお嫁に行き、そして離れる日が必ずやって来る。

 その時に悔いが残らないように・・・・。




 ある時、母は言った。

 「今まで言った事なかったけど、お母さんも手先が器用でね、

  美容師になりたいと思ってたのよ!でも、お母さんは学校にすら

  ろくに通えないぐらい体が弱かったから無理だったの。

  あなたが美容師になるって言った時、すごくビックリしたし、

  ・・嬉しかった!!」




  ・・知らなかったー。

  母は体が弱いながら上京し、父と出会い、19歳で結婚し、
  20歳で兄を生み、23歳で次兄を出産。そして私がお腹に宿った時、
  体に負担がかかるからと止められたと。


  でも、母は私を守ってくれた。


  ・・そしたら家でスポーンと出てきた私。。(笑)


  母は出産、子育てした後は大きな病気もせず健康になったと言う。


  私が小さい時から母はずっとパートの仕事をしていました。


  子供の好きなことをさせてあげるために。。



  

  家を早くに出た事は、自分にとって、自分が様々な事を気付き、

  感謝とともに、美容師という仕事をさらに頑張ろうと思う糧となったなと、

  今でも、変わらず感じ、思っています。